街とルミナリエを支え続ける、
老舗洋菓子店 店長。

尾崎あず美
株式会社ユーハイム/
神戸元町本店 店長

尾崎あず美さん

神戸で頑張る企業の姿を
見てもらいたい。

神戸元町商店街に本店を構える株式会社ユーハイム。神戸ルミナリエが始まると、店内はいつも以上に賑わいをみせるという。ユーハイムは、神戸ルミナリエを1995年の第1回開催から、毎年協賛企業として支援している企業の1つ。このユーハイムのように、表にはあまり出てこないが、神戸に根づいた企業らのサポートによって、当初から欠かさず毎年運営維持されてきたp;経緯があったことをまず知っておく必要がある。 そもそも神戸ルミナリエの実施には2つの目的がありました。1つは震災への鎮魂と追悼。そして、もう1つは、復興への祈念。震災から立ち直った姿を世の中に発信することで、またたくさんの人たちに神戸まで来てもらいたいという、そんな強い願いが込められていた。 神戸に関わりを持つ多くの企業が神戸ルミナリエに協賛しているのは、震災に屈せず復興に向かって歩んでいることを知ってもらう場でもあったため。そして、復興を遂げた今では、「神戸を起点に全国で、そして世界で頑張っている企業がこんなにたくさんあるということを、来場者の方々に伝える良い機会だと思っています。」ユーハイム神戸元町本店・店長の尾崎さんはそう語った。 そんなユーハイムは、毎年物販コーナーにも出店。神戸ルミナリエにあわせた特別パッケージで、バウムクーヘンとクッキーを販売する。毎年変わるパッケージを楽しみにして、コレクションされているお客様もいるのだそう。

震災がきっかけとなって
生まれた新商品
「デア バウムクーヘン」

実はユーハイムは、過去に2度の大きな地震に被災にしている企業。1度目は、1923年(大正12年)の関東大震災だった。その際、横浜の店舗が倒壊し、創業者であるカール・ユーハイムは避難船に乗って神戸へ移住することとなった。その後、神戸で店を開店して以降、本社を神戸におき、全国へと展開、バウムクーヘンといえばユーハイムという程の成長を遂げた。 しかし、1995年の阪神大震災で2度目の被災。その時、ユーハイムでは少し不思議な出来事が起こったと尾崎さん。地震直後、保管していた資料は入り乱れてしまった。そしてその資料を整理していた時、なんと創業当時のバウムクーヘンのレシピを発見したそうだ。ユーハイムにとって、この資料は非常に貴重だった。 その後そのレシピを元に、「デア バウムクーヘン」という新商品を開発。震災を機に、震災から逃れてきた当初のレシピが見つかったことは、もしかすると単なる偶然ではなかったのかもしれないと思わせる出来事だった。そしてこれは、創業者のカール・ユーハイムの、「神戸で開業した頃のように、震災に負けずに立ち上がれ。」というメッセージが込められた手紙のようだった。 今ではこのデア バウムクーヘンは、ユーハイムの主力商品の一つとなっている。

ルミナリエを通して、
神戸にある企業の魅力を発信する。

ルミナリエの開催期間中は、ほとんどをルミナリエの物販コーナーで過ごすという尾崎さん。来場者の方に見どころを案内できるよう、毎年必ず自分の足でルミナリエを見て回ることを怠らない。そんな尾崎さんは震災当時は出身の奈良に住んでいた。そのため、震災での大きな被害はなかったが、通っていた大学が神戸の近くだったため、多くの同級生が被災し、辛い思いをした。大学卒業後すぐに、ユーハイムに入社。近畿圏内の販売店勤務を経て、6年前から神戸の本店へ。神戸ルミナリエの事業に関わり始めたのも、本店への移動がきっかけだった。「時間が経つにつれてあの震災の記憶が薄れてきていましたが、ルミナリエに携わるようになって、改めてあの日のことを思い出しました。あの頃の思いを伝える意味でも、大切なイベントだと思います。」と存在意義を語った。 神戸に根づいた企業がこれほど一堂に会する機会は、神戸ルミナリエ以外にはあまり見かけない。震災への鎮魂と追悼がルーツであることはもちろん、神戸ルミナリエを通して神戸で頑張っている人や企業たちを照らす灯りとしても、これからも温かな輝きを放っていくだろう。

神戸ルミナリエを安全に
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